# ヤナ・オイラー、AIを道具でなく想像力にする絵画

- 媒体: Andown（行灯）— そこにある光
- URL: https://andown.space/jana-euler-on-ai-as-a-mode-of-imagination-in-her-paintings-from-2025/
- 公開日: 2026.01.07 / 更新 2026.10.18
- 著者: Andown
- 時間軸: シーンと言説の潮流（1〜3年）
- テーマ: AIと作家性（https://andown.space/topics/ai-and-authorship/）
- フック: 描く主体を、いったん手放す

> AIを使って絵を出力するのではなく、自分がAIであるかのように描く。2026年1月のArtforumで、ヤナ・オイラーは制作中のそんな態度を語った。2025年に完成した14点が並ぶ個展から見えるのは、技術の導入とは別の変化だ。AIという存在が、人間の手仕事や作家性を考え直すための想像力になっている。

## AIに描かせるのではなく、AIのように描く

2026年1月、ニューヨークのGreene Naftaliで開催中のヤナ・オイラーの個展「The center does not fold」には、2025年に完成した14点の絵画が並んだ。コンセント、カメラ、絵の具のチューブ、ドル紙幣。異なるモチーフをつなぐ発想の一つがAIだった。ただし、Artforumの記事が紹介するのは、制作を任せる道具としてではなく、想像力の一形態としてのAIである。

オイラーは、犬を描くときに、自分がAIであるかのように描くと語る。一方、絵の具のチューブを描くときには、自分がそのチューブになったような気分へ入り込んだという。AIだけが特別な代役なのではない。人間である作者を、制作の中心からいったん退かせる。そのための役柄の一つに、AIが加わっている。

ここで語られているのは、生成AIによる画像出力の手順ではない。「AIのように描く」という発想が、人間の身体による制作をどう動かすのかという問題だ。オイラー自身も、それを価値判断ではなく、作品を完成させるエネルギーを与える考えだと説明している。

## 14点の違いが、制作の手触りを残す

なぜAIを想像することが、絵画の制作につながるのか。記事の導入は、端末によって共有される経験が損なわれる状況を背景に置く。オイラーも、携帯電話の動画を見続けることには中毒性がある一方、十分な満足はないと話す。ウサギの絵では、視覚的な情報が多すぎて、ほとんど見えなくなるような態度を絵画に持ち込もうとした。

だが、展示は一つの画風に統一されていない。最初の部屋で出会うコンセントとカメラは、片方が暗く、もう片方は明るい。アクリルと油彩、筆とエアブラシという技法の差もある。同じく一つの物を描きながら、自己に接続するコンセントと、こちらが何かを見る感覚を生むカメラでは、鑑賞者との関係が異なる。

絵の具のチューブの作品には、およそ8カ月を費やしたという。制作は次第に混沌とし、完成作を見ると、もはや自分とは関係がないようにも感じる。作者が退くという感覚は、作業時間の短縮とは結びついていない。長く手を動かした結果として、自分だけでは制御できない絵に出会うことでもある。

ドル紙幣を描いた作品は5点ある。大量に印刷するためのものを手で描く、その不合理さをオイラーは意識している。同じモチーフを繰り返すことで、紙幣の再現よりも、絵画そのものが前に出るようにしたかったという。複製可能な対象と、一枚ずつ作る行為。その緊張が、AIを考える展示にも手仕事の厚みを残している。

## 広がり得るのは、技術よりも制作の語り方

この時点から先の1〜3年を考えると、注目できるのは、AIの導入数ではなく、制作を語る言葉の広がりだ。AIを使ったかどうかだけでなく、AIを想像することが、構図や密度、作者の振る舞いにどう関わるのか。そうした問いが、実際の画像生成とは別に作品論へ入り込む可能性がある。

ただし、このインタビューだけで、美術界全体の傾向とは言えない。オイラーは、AIのように描いたと説明しても、他者が同じように見るとは限らないと認める。制作を動かす発想と、観客に届く意味は一致しない。そのずれを残している点が重要だ。AIという言葉で、作品の読み方まで固定してはいない。

展示空間も、その開かれ方を支えている。構成は3つの部分からなり、中央の部屋を交差点として循環できる。作品、部屋、観客、時間をつなぐ場で、異なる絵が互いの意味を変える。AIについての説明を読むだけでは捉えきれない関係が、展示の中で試されている。

## 日本から見ると、使用の有無だけでは足りない

日本からこの展示を読む際にも、AI使用作品という分類にすぐ置き換えると、見落とすものがある。記事は日本との制度や制作環境の違いを扱っておらず、普及の比較はできない。読み取れるのは、AIが制作設備として導入される場合と、作家性を揺さぶる想像上の存在になる場合との違いである。

誰が出力したかという問いと、誰になったつもりで手を動かしたかという問いは、同じではない。オイラーの絵画では、作者が中心を退く感覚と、素材に触れ続ける行為が同居している。2026年初めに見えていたのは、AIが絵を代行する話だけでなく、人間が描くことを別の角度から語り始める兆しだった。

## 要するに

- オイラーの個展では、AIが制作の道具ではなく想像力の一形態として位置づけられた。
- 14点の絵画には、異なる技法や長い手作業と、作者を中心から退かせる発想が同居している。
- AI使用の有無だけでは捉えきれない、制作と作家性を語る言葉が現れている。

## 出典（エビデンス）

1. [論評] Artforum「Jana Euler on AI as a mode of imagination in her paintings from 2025」 (2026-01-08) https://www.artforum.com/features/bettina-funcke-interviews-jana-euler-on-painting-ai-process-1234741888/
   > "I could say these things, but it doesn’t mean that someone else will see them."
   > 訳: 私がこうしたことを言えても、ほかの誰かにそれが見えるとは限らない。
   確認日: 2026-10-18

## 用語

- **エアブラシ** / Airbrush: 圧縮空気で絵の具などを霧状に吹き付ける道具、またはその技法。筆跡とは異なる滑らかな面やぼかしを作れ、絵画の表面の印象にも関わる。 https://andown.space/glossary/airbrush/
- **作家性**（さっかせい） / Authorship: 作品を誰の表現として捉えるか、作者の意図や選択がどこに現れるかを考える概念。個性的な画風だけでなく、制作の方法や主体の位置にも関わる。 https://andown.space/glossary/authorship/
- **生成AI**（せいせいエーアイ） / Generative AI: 学習したデータのパターンをもとに、音声や画像、文章などを生成する技術の総称。音楽では作曲、歌声、演奏など、使われる工程によって役割が異なる。 https://andown.space/glossary/generative-ai/

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この記事の写真は出典記事の空気感をもとに AI で生成したイメージです。引用の際は上記の出典を一次資料として参照してください。
