1–3 YEARS · シーンと言説の潮流ミュージアムの再定義

画面の裏側から技術を見つめる

ベルリンの美術館で組み直す、コンゴの鉱物と技術の不均衡

世界の電子機器を支える鉱物を産出しながら、安定した電力が届かない。その不均衡を、コンゴの作家ジャン・カタンバイ・ムケンディは身近な素材で組み直す。ベルリンのKWで開幕を控えた個展「RATIO」には、技術の完成品を見せるだけでなく、その成立条件を問い直す制作の場として、美術館を捉える兆しがある。

クリーム色の背景に、青い電球の輪郭と赤い車輪を組み合わせた抽象図。電球の内部を鉱物のような幾何学形が満たしている。

完成した技術ではなく、別の組み立て方

飛行機、ドローン、電話。日常や戦争を形づくる機器が、ベルリンの仮設スタジオにある素材から別の姿に組み直される。コンゴ民主共和国を拠点とするジャン・カタンバイ・ムケンディの個展「RATIO」は、2026年2月21日にKW現代美術センターで開幕予定だ。1月28日付のArtforumは、その制作過程と作家の言葉を紹介している。

ムケンディはベルリンで6週間制作した。飛行機の彫刻は、再利用した自転車の車輪から始まった。普段使う段ボールに代えて、制作チームがスタジオに豊富にあった再利用木材を提案。物体にカンバスを張り、車輪を付けた絵画も生まれた。作品の形は、作家の構想だけでなく、その場の材料や人の協力から決まっていく。

ここに見える兆しは、美術館が作品の到着地点にとどまらないことだ。滞在しながら制作するアーティスト・イン・レジデンスアーティスト・イン・レジデンスArtist-in-residence作家が一定期間ある場所に滞在し、制作や調査を行う仕組み。作業空間や素材、人との出会いなど、受け入れ先の条件も表現に関わる。用語集で詳しくの環境が、何を作れるか、どう動かせるかを左右している。技術を題材にした展覧会でありながら、その問いは制作を支える施設の条件にも及ぶ。

鉱物を送り出す土地に、電気が届かない

出発点には、資源と生活の隔たりがある。記事によると、コンゴ民主共和国は電池に使うコバルトなど、世界の重要鉱物の相当部分を産出する。一方で、安定した電灯の利用は限られ、停電が繰り返される。鉱物の供給が、その土地の電力や暮らしの充実に直結していない。記事はその規模を数量では示しておらず、ここで見えるのは生産量の比較よりも、供給する側と利用する側の非対称性だ。

ムケンディは2016年に始めた「Afrolampe」で、電球の形に幾何学や天文学の図像を重ねてきた。今回は渡独前にA1判のドローイングを約50点制作し、現地で作る作品と組み合わせる。電球から電話、航空機へ。対象は広がっても、技術が誰の知恵と資源によって成立しているのか、という問いは続いている。

展覧会名の「RATIO」は、経済における均衡の考えに由来する。作家はそれを、戦略的鉱物をめぐる紛争や世界経済の不均衡へと向ける。電話の画面だけでなく、裏側を考えること。内部には多くの人の発想が詰まっているという指摘は、アフリカを原材料の供給地としてだけ見る視線も問い直す。技術を生む知性が、どこにあると認められるのかという問題である。

巡回するのは作品だけではない

「RATIO」は2026年夏、アントワープのM HKAへ巡回する予定だ。ムケンディは異なる二つの空間を意識して制作したと話す。飛行機の彫刻も、スタジオの入り口が大きくないため、輸送時に部品を分けられる構造を考えた。巡回展巡回展じゅんかいてんTravelling exhibition一つの展覧会を複数の施設で順に開催する形式。会場ごとの広さや設備、輸送の条件に応じ、作品の構成や展示方法が調整される場合がある。用語集で詳しくの条件が、完成後の梱包ではなく、作品を構想する段階から入り込んでいる。

再利用素材再利用素材さいりようそざいReused materialsすでに別の用途で使われた物や、その場に残された材料を制作に用いるもの。新たな形を生む条件になる一方、使用だけで環境効果は判断できない。用語集で詳しくも、単なる見た目の特徴ではない。何が手元にあり、誰が加工を手伝い、次の場所へどう運ぶか。その連続した選択が造形になる。ただし、記事は輸送の環境負荷や費用を示していない。この実践を、そのまま環境に優しい展示モデルと評価することはできない。確認できるのは、素材と移動の制約が、表現の外側に隠されず、制作の判断に組み込まれている点だ。

1月時点から先の1〜3年を考えるなら、注目点は、この作り方が別の施設でどう受け止められるかにある。すでに予定された巡回は、その最初の接続になる。美術館が作品を借りて並べるだけでなく、材料、作業場所、制作チームを通じて表現に関わる場として語られる可能性がある。一つの個展から、制度全体の変化までを言い切ることはできない。

日本から見る、画面の向こうの制作条件

日本からこの展示を読むとき、距離を測る手がかりは、コンゴの電力事情をそのまま国内に重ねることではない。電話という完成品から、その内側を支える資源と人の知恵へ視点を移すことにある。出典は日本との比較を扱っていない。だからこそ、生活条件の違いを安易に埋めず、同じ機器につながる異なる現実として読む余地が残る。

美術館についても、問われるのは作品をどう説明するかだけではない。何を作れる環境を用意し、作家の判断をどう支えるか。ベルリンの木材、車輪、制作チームは、コンゴをめぐる問いを別の土地で形にする条件となった。「RATIO」が示すのは、技術の未来像よりも、その技術を考え直す場所を美術館の中につくる試みである。

この記事は、2026年10月に、当時(2026年1月28日(水))の出典をもとに書いた振り返りです。数字や状況はその後変わっている可能性があります。

EVIDENCE出典

  1. 論評Artforum2026-01-28

    Jean Katambayi Mukendi on his exhibition at KW, Berlinartforum.com ↗

    “I tried to use this residency to maximize production, which is essentially a series of decisions.”

    この滞在制作を活用して、できる限り多く制作しようとした。制作とは本質的に、一連の判断なのだ。

    確認日 2026-10-18

PUBLISHED 2026.01.28 · 著者 Andown · 引用元 Artforum