1–3 YEARS · シーンと言説の潮流ポスト・アルゴリズム
曲数ではなく、選ぶ人への信頼
NTSが画面のない端末で届ける、選曲を委ねる音楽体験
無数の曲から自分で選ぶのではなく、信頼する誰かの選曲に耳を預ける。2026年7月、MIDiA Researchが取り上げたNTSの画面のない再生端末は、その欲求を形にしたものだった。ラジオや配信サービスにも見えるのは、音楽への深い関心と、画面から離れたい気持ちを両立させる動きである。

音楽の入口を、選曲する人に戻す
曲を探すために画面を開く。その手順を省いても、未知の音楽には出会える。2026年7月にMIDiA Researchが紹介したNTSの端末は、そんな聴き方を形にしていた。ストックホルムのAtonemoと組んだ小型のWi-Fi再生機器で、手持ちのスピーカーやアンプの多くに接続し、NTSのチャンネルやミックスを聴けるという。
特徴は、画面がないことだけではない。多くのサービスから一つを選ぶのではなく、NTSの選曲が最初から音楽への入口になることだ。Atonemoの共同創業者はこれを「おまかせリスニング」と表現している。料理人に一皿を委ねるように、選ぶ人への信頼を前提に耳を預ける仕組みである。
これは、音楽への関心を薄めるための省力化とは違う。出典が捉えるのは、画面を見る時間を減らしながら、音楽の発見には積極的でいたい聴き手だ。操作の回数と、聴くことへの関与の深さ。その二つを切り離そうとする兆しがある。
足りなかったのは、曲数ではなく文脈
MIDiAは、ストリーミングストリーミングMusic streamingネットワーク経由で音源を受信しながら再生する提供方式。音楽市場では有料契約や広告などに支えられるが、市場収入と個々のアーティストの受取額は同じ指標ではない。用語集で詳しくが当初、熱心に音楽を掘り起こす人に向けて掲げた可能性と、その後の発展にずれを見ている。受動的に聴く利用者が熱心なファンを上回り、サービスもそれに合わせて最適化された。その過程で、音楽に深く関わるスーパーファンスーパーファンSuperfan特定のアーティストや作品に強い関心を持ち、継続的に関わるファンを指す言葉。支出だけでなく参加や応援も含み、誰を数えるかは調査や事業によって異なる。用語集で詳しくが求める背景や発見の手応えが、十分には満たされなかったという分析だ。
曲が次々に並ぶプレイリストでは、その曲を誰が、なぜ選んだのかが見えにくい。一方、ラジオの選曲者は、ある曲を軸に番組を組み、本人へのインタビューを交え、作品を物語の中に置くことができる。ここで求められているのは、単に人の手で並べた曲目ではない。選んだ理由まで受け取れる、人によるキュレーション人によるキュレーションひとによるきゅれーしょんHuman curation編集者や選曲者が知識や視点をもとに作品を選び、並べ、紹介すること。選曲だけでなく、解説や作品同士のつながりを示す行為も含む。用語集で詳しくである。
出典は、BBC Radio 6 Musicの直近四半期の聴取指標が改善したこと、Rinse FMが昼間の放送枠を広げたこと、NTSが世界のファン層を伸ばしていることを挙げる。ただし、具体的な人数や増加率は示していない。これだけで市場全体の転換とは言えないが、選曲への信頼を軸にする複数の場が並んでいる。
その背景として、MIDiAはZ世代とミレニアル世代が画面を見る時間を減らそうとしていることも指摘する。選択肢の多さへの不満と、画面への疲れは同じではない。だが両者が重なる場所には、デジタルの便利さを保ったまま、選ぶ作業だけを委ねる余地が生まれる。
配信の内側と外側で、同じ試み
人を前面に出す動きは、専用端末の外にもある。米国のSpotifyの「New Music Friday」では、選曲者がカメラの前で選んだ理由を説明する。TikTokとiHeartRadioによるマドンナマドンナ MadonnaSpotify で探すApple Musicの『Confessions II』のキャンペーンも、MIDiAは作品に物語を添える例として取り上げている。曲を届ける機能に、誰がどう語るかを重ねる試みだ。
NTSの端末は、同じ課題に別の方向から応じる。説明のために画面を使うのではなく、すでに育ててきた選曲への信頼を、画面を使わない体験へ移す。出典によれば、その信頼には十年以上の蓄積がある。機器の仕様だけをまねても、同じ価値が生まれるとは限らない。
この時点から先の数年を見ると、広がり得るのは専用機器だけではない。配信内で選曲者の顔や考え方を見せる方法と、汎用の画面から音声を切り離す方法。その両方が試される可能性がある。ただし、端末の販売数や継続利用率は出典にない。需要の規模や、聴き手がどこまで選択を委ねるかは、まだ判断できない。
日本から見ると、形式よりも関係の違い
日本からこの動きを読む際、英語圏のラジオの伸びを、そのまま国内の需要へ置き換えることはできない。出典には日本の聴取データも、同様の端末への需要も示されていない。ここで見えるのは、日本との差を数字で測る材料ではなく、英国のラジオやNTSが築いてきた選曲者と聴き手の関係である。
一方、「おまかせ」という比喩は、選択を減らすことが必ずしも体験を貧しくしないと伝える。誰に任せるのかが分かり、その選択に納得できるなら、操作を減らしても発見は残る。プレイリストを捨てる話ではない。曲へのアクセスに加え、曲と出会う経緯にも価値を置く動きが、2026年7月の時点で見えていた。
この記事は、2026年10月に、当時(2026年7月16日(木))の出典をもとに書いた振り返りです。数字や状況はその後変わっている可能性があります。
EVIDENCE出典
- 一次MIDiA Research2026-07-17
Why dedicated fans are trading infinite choice for trusted curationmidiaresearch.com ↗
“The device is a fully capable streaming product, yet its reason for being is singular: to make NTS's curation the default, not one option among many on a home screen.”
この端末は十分な機能を備えたストリーミング製品だが、その存在理由は一つだ。NTSの選曲を、ホーム画面に並ぶ多数の選択肢の一つではなく、標準の入口にすることである。
確認日 2026-10-18


