1–3 YEARS · シーンと言説の潮流アート市場の再編

買われたのは、刷りの現場だった

米版画工房の大型統合、二つの制作拠点を保ち西海岸へ

Pace Printsが、長く協働してきたBrand X Editionsを買収した。両工房の運営を維持しながら、ロサンゼルスへの展開も計画する。新たな買い手が版画に向かうなかで見えるのは、販売網だけではなく、作家と技法を育ててきた制作の現場を束ねる市場再編である。

二つの版画用ローラーと重なる色面を、離れた拠点へ伸びる線とともに描いた抽象的なフラットイラスト。

統合する会社、残る二つの工房

2026年9月18日、Pace Printsは、ニューヨークのロングアイランドシティを拠点とする版画出版・制作工房Brand X Editionsの買収を発表した。Artforumによれば、これによりPace Printsは米国最大級の版画制作事業者の一つとなる。長く協働してきた工房同士の統合である。

注目したいのは、規模の拡大と同時に、両工房の運営を維持すると明記されたことだ。Pace Printsはロサンゼルスにも展開する。会社をまとめながら制作拠点を残す。その組み合わせに、版画市場の再編が、販売の窓口だけでなく、作品を生み出す現場にも及んでいることが見える。

ただし、取得額や制作能力、売上高は記事に示されていない。「最大級」という位置づけを、市場シェア市場シェアしじょうしぇあMarket shareある市場全体に対し、企業やサービスが占める割合。売上、利用者数、利用時間など何を測るかで意味が変わり、この記事ではポッドキャスト利用者を軸に配信先を比較する。用語集で詳しくや収益性に読み替えることはできない。今回のM&AM&AエムアンドエーMergers and acquisitions企業の合併や買収を指す言葉。事業規模だけでなく、人材、専門知識、取引関係などを取り込む手段にもなる。今回の記事は買収を伝えるが、金額や取得比率は示していない。用語集で詳しくで確かなのは、既存の工房を運営し続けながら、事業の地理的な範囲を広げるという方針だ。

新しい買い手が向かう、長い技法の蓄積

買収の背景には版画人気の再燃がある。ArtforumはArtnetの報道を引き、その主な要因を新たな買い手の流入としている。ただし、買い手の年齢や購入額、どの価格帯が伸びているかまでは記していない。版画が広く安価になった、あるいは若年層が市場を動かしている、とまでは言えない。

その需要の受け皿となる工房には、長い技法の蓄積がある。Pace Printsは1968年、リチャード・ソロモンとPace Gallery創設者のアーネ・グリムシャーによって設立された。出発点はルーカス・サマラスの、型抜きを施したスクリーンプリントスクリーンプリントScreen Printing細かな網目を持つ版の一部をふさぎ、開いた部分からインクを通して刷る技法。色ごとの版を重ねることで、鮮明な色面や複雑な色の表現をつくる。用語集で詳しくの本。以後、奈良美智やルイーズ・ネヴェルソン、アダム・ペンドルトンらと協働してきた。

同工房が扱うのは、日本の木版技法に加え、エッチング、アクアチントアクアチントAquatint金属版の表面に細かな粒状の加工を施し、腐食によって面の濃淡をつくる凹版画の技法。線だけでなく、広がりのある明暗を表現できる。用語集で詳しく、モノタイプ、デジタルとの複合技法などである。スクリーンプリントスクリーンプリントScreen Printing細かな網目を持つ版の一部をふさぎ、開いた部分からインクを通して刷る技法。色ごとの版を重ねることで、鮮明な色面や複雑な色の表現をつくる。用語集で詳しくも含め、それぞれ異なる工程と表現の幅を持つ。記事が強調するのは、両工房が作家と緊密に協働し、技法の限界を押し広げてきた点だ。単に既存の図像を刷る場所としては描かれていない。

Brand Xは1979年、ロバート・ブラントンが設立した。大型作品に取り組み、作家との協働のなかで新たな色分解技法を考案。2011年にはデイヴィッド・デサンクティスのもとで出版事業を組織し、2024年には両者がフィラデルフィア美術館にBrand X Archiveを設けた。制作、出版、記録という異なる蓄積を持つ工房が、今回の統合に加わる。

広がりを測るのは、拠点数だけではない

今後数年の広がりを見る手がかりは、ロサンゼルスへの展開である。ただし記事には、新拠点の規模、開設時期、現地で担う業務の詳細はない。ニューヨークの工房で育まれた協働関係や技術が、西海岸でどのような制作や発表につながるのか。現時点では、その接続が試される段階と読むのが妥当だ。

二つの工房を維持する方針は、統合後もそれぞれの制作環境を生かす余地を残す。異なる技法や大型作品への対応が一つの事業のもとに集まれば、作家が利用できる制作の選択肢が広がる可能性はある。一方、技術者の配置や設備投資、工房間の役割分担は明らかでなく、買収だけで制作の充実が保証されるわけではない。

新たな需要を、既存の技術を持つ工房の取得で受け止める動き。今回見えるのはその一例であり、版画市場全体で同様の統合が進むとまでは判断できない。需要の再燃が一時的な売買にとどまらず、制作を支える基盤の拡張につながるかが、次の焦点となる。

日本から見る、木版の先にある制作網

日本から読む際の接点は、記事がPace Printsの特徴として日本の木版技法を挙げていることだ。ただし、その技法は単独で紹介されているのではない。腐食を使う技法やスクリーンプリントスクリーンプリントScreen Printing細かな網目を持つ版の一部をふさぎ、開いた部分からインクを通して刷る技法。色ごとの版を重ねることで、鮮明な色面や複雑な色の表現をつくる。用語集で詳しく、デジタルとの複合技法と並び、現代の作家との協働を支える選択肢の一つになっている。

この記事だけでは、日本の版画市場と米国の需要や事業規模の差は比較できない。それでも、日本に由来する技法が海外の制作網に組み込まれ、その制作網自体が買収と拠点展開の対象になっている点は読み取れる。作品の売買をめぐるニュースの背後で、刷る技術と協働の場もまた、市場の地図を形づくっている。

この記事は、2026年10月に、当時(2026年9月18日(金))の出典をもとに書いた振り返りです。数字や状況はその後変わっている可能性があります。

EVIDENCE出典

  1. 論評Artforum2026-09-18

    Pace Prints Acquires Brand X Editionsartforum.com ↗

    “The two workshops will maintain their operations, while Pace Prints will expand into Los Angeles as well.”

    両工房は運営を維持し、Pace Printsはロサンゼルスにも展開する。

    確認日 2026-10-18

PUBLISHED 2026.09.18 · 著者 Andown · 引用元 Artforum