1–3 YEARS · シーンと言説の潮流ミュージアムの再定義
穏やかな形式に宿る、静かな怒り
タニア・エル・クーリー、身体を休めて暴力の歴史に向き合う
食卓を囲み、資料をめくり、匂いや振動に身を置く。レバノンの美術作家タニア・エル・クーリーは、身体を落ち着かせる形式で、暴力や移動をめぐる重い歴史を伝えてきた。戦争で公演が延期された2026年4月、その実践から見えていたのは、鑑賞者をいたわることと、政治的な問いの鋭さが両立する可能性だった。

安らぎは、現実から離れるためではない
2026年4月18日付のHyperallergicが伝えたのは、レバノン出身の美術作家タニア・エル・クーリーの、穏やかな形式と政治的な怒りの関係だった。本人が冗談めかして「復讐のアート」と呼ぶ実践。その「復讐」は、広く知られていない知識や、国家の語りに対抗する知識を作品として差し出すことにある。
一方、鑑賞者の身体に与えられるのは緊張だけではない。ハンモックで鳥の声を聴く。船に乗り、貝殻の音に耳を澄ます。匂いを感じ、振動を受け取る。多感覚表現多感覚表現たかんかくひょうげんMultisensory art視覚だけでなく、聴覚、嗅覚、触覚など複数の感覚に働きかける表現。音や匂い、振動、身体の姿勢が、作品の意味や鑑賞者の受け取り方に関わる。用語集で詳しくによって身体を落ち着かせながら、殺された人々のオーラルヒストリーオーラルヒストリーOral history人々が語る経験や記憶を聞き取り、記録して歴史を考える方法。公文書だけでは捉えにくい生活や感情に触れられる一方、語られた状況や記憶の性質にも注意が要る。用語集で詳しくや、移民と国境をめぐる重い内容へと接続する。
ここにある兆しは、政治的な作品が必ずしも、身体にも負荷をかける形式を取らなくてよいということだ。作家自身、当初から意図していたわけではなく、作品に共通する鎮静的な作用に気づいてから、内容と形式の均衡を意識するようになったと話す。安らぎは、現実を忘れるためではなく、現実に触れる入口として試されている。
結婚式の停電から、植民地期の資料へ
その方法を具体的に示すのが、歴史家で夫のジアド・アブーリシュと制作した《The Search for Power》だ。起点は、2016年にベイルートで開いた自分たちの結婚式を中断させた停電。二人は、その背後にある電力供給の歴史を共同で調べた。
観客は結婚式の招待客であると同時に、調査に加わる人になる。食べ物を並べた長い卓を囲み、飲食しながら、調査に使われた重要資料の複製をめくる。調べる行為そのものを鑑賞に組み込む参加型アート参加型アートさんかがたアートParticipatory art観客や参加者の行為が作品の成立や展開に関わる美術の形式。何に参加し、何を選べるのか、その経験や責任を誰が引き受けるのかも理解の手掛かりとなる。用語集で詳しくである。完成した解説を受け取るだけではなく、資料に触れる時間が作品の一部になる。
そこで示されるのは、ベイルートの停電と腐敗の歴史が、一般に起点と考えられている内戦よりも古いということだ。不安定な供給、日常的な停電、それに抗議する人々の動きは、フランス植民地統治下の1920年代初頭までさかのぼる。個人の祝宴を妨げた出来事が、長い制度の歴史につながっていく。
作品は2018年にフィンランドで初演され、2025年にはニューヨークのUnder the Radar Theater Festivalで上演された。しかし、2026年3月12日に始まる予定だったベイルート公演は戦争で延期された。4月18日の記事によれば、国内人口のおよそ5分の1が避難を余儀なくされていた。作品が扱う生活基盤の脆さは、上演を取り巻く現実とも切り離せない。
展示室にも開かれる、身体からの入口
今後1〜3年の広がりとして考えられるのは、この方法が、展示や上演を設計するための問いとして共有される可能性だ。何を見せるかに加え、どんな姿勢で、どの距離から、どの感覚を通して受け取るか。エル・クーリーは、一対一の体験や、目のすぐ近くで起こること、身体に伝わる振動によって、視覚中心になりがちな上演の尺度を変えている。
美術館の役割に引きつければ、作品や資料を説明する場所から、それらに向き合う身体の状態まで考える場所へ、という見方ができる。ただし、記事が示すのは一人の作家の実践であり、美術館全体の変化を裏づけるものではない。匂い、音、食卓といった要素が、異なる展示空間でも同じように働くかは、なお開かれた問いである。
また、心地よさだけを切り離せば、作品の政治性は見えにくくなる。ここで穏やかな形式と結びついているのは、公に流通しにくい歴史を伝えるという明確な意志だ。形式の柔らかさと内容の鋭さ。その組み合わせに、広がりを考える手がかりがある。
日本から見る、鑑賞の負荷という問い
日本の美術館に重ねて読む際には、まず距離を残したい。この記事は、日本の展示環境との比較調査ではない。戦争で公演が延期され、作家自身が家族や友人のもとを行き来している状況を、鑑賞方法の工夫だけに還元することはできない。
そのうえで読み取れるのは、重い歴史を扱うことと、鑑賞者を疲弊させることは同義ではない、という可能性だ。長い食卓で資料をめくる時間や、匂いに身体を預ける瞬間にも、知識に出会う回路はある。何を伝えるかだけでなく、受け取る身体をどう迎えるか。2026年4月の実践は、美術館を考える言葉にも、その問いを静かに差し出していた。
この記事は、2026年10月に、当時(2026年4月18日(土))の出典をもとに書いた振り返りです。数字や状況はその後変わっている可能性があります。
EVIDENCE出典
- 二次Hyperallergic2026-04-18
Tania El Khoury’s Soothing “Revenge Art”hyperallergic.com ↗
“My way of being “vengeful” is making works that produce knowledge that is often not public, that’s not widely circulated, or that counters the grand narrative or the state narrative.”
私にとって「復讐する」とは、公になっていないことが多い知識、広く流通していない知識、あるいは大きな物語や国家の語りに対抗する知識を生み出す作品をつくることです。
確認日 2026-10-18


