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傷だけでは語られない生の輪郭

ニューヨークで、クィアなアラブ作家が描く家族と日常

マンハッタンのチャイナタウンで、アラブ地域にルーツを持つクィアな作家たちの展覧会が開かれた。暗闇、香、音楽の先にあるのは、家族の写真や受け継がれた工芸、恋人との日常だ。2026年2月の取材記事から見えるのは、差別や傷だけに還元されず、自分たちの語り方を選び直す小さな場の働きである。

クリーム色の背景に、暗い展示室を表す四角と、離れた場所を結ぶ真珠色の星形を配した抽象イラスト

暗闇の先に、傷以外の物語がある

マンハッタンのチャイナタウンにあるParticipant Inc.。展示室に入ると、まず暗闇に包まれる。目が慣れるにつれ作品が浮かび、香の匂いと、パレスチナ人音楽家FalyakonFalyakonSpotify で探すによる委嘱制作のサウンドミックスが来場者を導く。見ることだけを入口にしない展覧会だ。

2026年2月14日付のHyperallergicが紹介した「[minna|منا] of us」は、3月15日まで開催されるグループ展である。パレスチナ、ヨルダン、レバノン、シリア、エジプトのディアスポラディアスポラDiaspora故郷や祖先の土地を離れて各地に暮らす人々と、そのつながりを指す概念。美術では、移動先と出自の双方から歴史や帰属を捉える視点として用いられる。用語集で詳しくに属するクィアな作家が参加。キュレーションキュレーションCuration作品を選び、調査し、配置や解説を通じて観客との関係をつくる実践。美術館では、何をどの視点から伝えるかという判断と、その責任も含んでいる。用語集で詳しくを担うRidikkuluzは、伝統や地理を横断する、反植民地主義的な未来を構想する場として展示を組み立てた。

ただし、出自や性的・ジェンダー上の属性だけが主題ではない。記事が捉えた兆しは、集団的なトラウマを中心に据えず、家族との親密さ、工芸工芸こうげいCraft陶、繊維、木などの素材と技術に関わる表現領域。実用品から現代美術まで幅があり、何を工芸として収集・展示するかは美術館の方針とも関わる。用語集で詳しくの継承、装う喜びを語る選択にある。政治から離れるのではなく、政治的な状況のなかでも、作品の意味をひとつに固定させない試みだ。

家族写真と螺鈿が、単純な対立をほどく

その背景には、誰が当事者の物語を語るのかという問題がある。記事は、アラブのLGBTQ+への抑圧が、イスラエルによるガザでのジェノサイドを支持するために利用されていると指摘する。Ridikkuluzも、検閲検閲けんえつCensorship表現の内容を理由に、その公表や流通を制限する行為を指す言葉。法律上の厳密な意味と、文化施設や教育機関の判断を批判する際の用法は区別される。用語集で詳しくがあるなか、別の場所では作品を発表できなかったかもしれない作家のための場だと説明している。

パレスチナにルーツを持つElias Rischmawiが展示したのは、過去と現在の家族を写す5点の写真。場所はフロリダ、占領下のヨルダン川西岸にあるベイト・サフール、チリのサンフェルナンドにまたがる。母の膝に頭を預ける本人の写真は、母と曾祖母が似た姿勢を取る、今は失われた絵画の複製と並ぶ。離散の距離を、身体の姿勢がつないでいる。

「作品を通じて、家族と深くつながっていることを示している。離れていたり、違いがあったりしても、私は自分のコミュニティで今も祝福されている」

一卵性双生児のAndréとEvan Lenox-Samourは、螺鈿の素材となる真珠母貝を共同制作に用いる。参照するのは、パレスチナのナクバの際にも守られた家宝や、ベツレヘムのHazboun家の職人たちだ。矢や八芒星の形には、移動や方向、居場所のなさが重なる。伝統は、クィアな表現と対立するものとしてではなく、その表現を支える素材として現れる。

小さな会場が、長い実践を隣り合わせにする

共同企画者であるSALMA galleryのフロアには、Anka Kassabjiの自画像がある。氷のように冷たい浴槽から振り返る姿を、本人は、困難のなかでも主導権を保ち、達成を祝う表現として語る。別の壁では、Fares Rizkによる3点の絵画が、ドラァグドラァグDrag衣装、化粧、身ぶりなどでジェンダー表現を演じ、組み替える表現実践。舞台上の人格を持つ場合もあるが、演者自身の性自認や性的指向とは区別される。用語集で詳しくの分身Sultanaの日常を描く。空想し、クナーファを食べ、恋人とのデート前に自撮りする姿だ。

Rizkはニューヨークに40年暮らし、Sultanaとしては1996年にデビューした。母はダンス、美術、化粧への関心を強く後押ししたという。ここにあるのは、突然登場した新しい表現だけではない。長く続いてきた実践が、写真や彫刻、自画像と隣り合い、別の文脈で見えるようになる機会である。

この時点から先の1〜3年を考えるなら、注目されるのは規模の拡大より、こうした語り方が別の企画にも引き継がれる可能性だ。音楽と香で迎える空間、家族の記録と舞台上の人格を並べる構成は、属性を紹介するだけではない展示の方法になり得る。ただし、記事には巡回や継続開催の計画は示されていない。確認できるのは、この共同企画が実際にその方法を試していることまでだ。

日本から見ると、属性の先にある関係が見える

日本からこの展示を読む際、まず違いとして浮かぶのは、ひとつの会場に集まる作家たちの生活圏の広がりだ。家族写真だけでも米国、パレスチナ、チリを結ぶ。「アラブのクィア・アート」とひと括りにすると、その具体的な距離や、世代ごとに異なる関係を見落とす可能性がある。なお、出典は日本の展示状況との比較までは行っていない。

それでも、日本語で受け取れる輪郭は明確だ。家族との葛藤だけでなく、家族から受け取った支持もある。伝統からの離脱だけでなく、伝統を使い直す制作もある。小さな展示室が可視化したのは、傷を否定せず、傷だけでは語り切れない生である。

この記事は、2026年10月に、当時(2026年2月13日(金))の出典をもとに書いた振り返りです。数字や状況はその後変わっている可能性があります。

EVIDENCE出典

  1. 二次Hyperallergic2026-02-14

    Queer Arab Artists on Their Own Termshyperallergic.com ↗

    “I show that I'm so connected with my family through my work. Even if we might be distant, or if we have our differences, I'm still celebrated in my community.”

    作品を通じて、家族と深くつながっていることを示している。離れていたり、違いがあったりしても、私は自分のコミュニティで今も祝福されている。

    確認日 2026-10-18

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