3–5 YEARS · 業界の構造変化ミュージアムの再定義

掘り出された空間に宿る時間

メノルカの廃採石場が示す、自然と共同でつくる建築

スペイン・メノルカ島の廃採石場を、環境研究と滞在の場へ転用したカン・テラ。建築家カルロ・ラッティがそこで見いだしたのは、岩の厚みや採掘の痕跡を、暮らしを支える条件として受け取る姿勢だった。2026年1月の論考から、建築展示にも現れた、自然との共同制作という兆しをたどる。

砂岩色の大きな塊に四角い空洞が開き、内部へ青い温度の波が流れ込む様子を表した、文字のない抽象イラスト。

建て足すより、すでにある空間を読む

洞窟に泊まる。ただし、自然が削った洞窟ではない。スペイン・メノルカ島のカン・テラは、マレス砂岩を切り出していた廃採石場だ。壁面には機械による直角の切断面が残る。石を取り除いた結果として、大きな空間が連なっている。

建築家アントン・ガルシア=アブリルとデボラ・メサは、2018年にここを購入し、私設の環境研究拠点と滞在空間への転用を始めた。共同で営むエンサンブレ・スタジオの仕事である。扉や整然とした間仕切りを設けず、採掘が残した空洞を生かす。用途ごとに部屋を分ける住宅とは、異なる住まいの組み立て方だ。

2026年1月のArtforumで滞在体験を記したカルロ・ラッティは、ここに自然との共同制作という建築の方向を見ている。兆しは、古い場所を再利用したことだけではない。用途転用用途転用ようとてんようAdaptive reuse既存の建物や施設を、元とは異なる目的で使えるように改修すること。残された構造や素材を、新しい用途を支える資源として捉える。用語集で詳しくに際して、土地の形や物質の性質を、設計が従わせる対象ではなく、設計をともにつくる条件として扱う点にある。

2018年の転用から、2025年の展示へ

カン・テラでは、岩そのものが室内環境を支える。ラッティによれば、厚い石壁の熱容量熱容量ねつようりょうThermal mass物体が熱を蓄え、温度変化を緩やかにする性質に関わる量。建築では、厚い石壁などによって室温の変動を和らげる働きが注目される。用語集で詳しくが昼の暑さと夜の涼しさをならし、冷房を必要としない。メノルカの乾燥した気候も、余分な湿気を避ける条件になっているという。機械設備の音がないことで、小さな音まで際立つ。その静けさも、滞在体験の一部だ。

ただし、論考には消費エネルギーや炭素排出の測定値は示されていない。冷房を使わないという記述と、削減効果を数値で確かめることは別である。岩の微生物が水を浄化するという設計者の説明についても、ラッティは査読による検証を待ちたいと留保している。自然の働きへの期待と、性能の裏づけは分けて読む必要がある。

設備をすべて排したわけでもない。木の床、ロープの橋、組み合わせ式のキッチンが加えられた。シャワーの受け皿や流しは岩を削ってつくられ、かつて雨水をためていた槽は水浴びの場となった。足す部分と、さらに削る部分。採石場の論理を引き継ぐ「引き算の建築引き算の建築ひきざんのけんちくSubtractive architecture材料を積み上げるだけでなく、既存の塊から取り除くことで空間を生む建築の捉え方。ここでは、採石の空洞や岩を削る加工を指す。用語集で詳しく」である。

この姿勢は、2025年のヴェネツィア建築ビエンナーレビエンナーレBiennale原義は「2年ごと」。現代アートでは隔年開催の国際展を指すことが多く、作品の発表に加え、選考や運営の制度も表現の条件に関わる。用語集で詳しくにも現れた。ラッティが総合ディレクターを務めた同展で、二人はカン・テラの石材による巨大な半球を、アルセナーレの梁の下につるした。近くではアンドレス・ハケの《STONELIFE》が、スペイン各地の岩に細菌や地衣類を生息させ、炭素を取り込む働きを展示に持ち込んでいた。

展示される物から、働き続ける物質へ

カン・テラは美術館ではない。それでも、滞在空間で確かめられる石の働きと、国際展で提示された石の姿はつながっている。前者では岩が温度や音の経験を形づくり、後者では素材が別の土地や生物との関係を示す。展示の焦点が、完成した形だけでなく、物質が関わり続ける過程へ向かう動きと読める。

2026年初めから先の3〜5年を考えると、この方向が広がる余地は、洞窟のような空間を増やすことに限られない。既存の地形や建物をどこまで残すか。素材が環境に及ぼす作用をどう見せるか。建築と展覧会の双方で、そうした問いが共有される可能性がある。

一方、この論考が示すのは個別の滞在体験と展示の実例であり、普及の規模や経済性ではない。維持管理の方法や、異なる気候での性能も示されていない。自然との共同制作が建築の選択肢として広がるかどうかは、場所ごとの条件と検証に左右されるだろう。

日本から見ると、形よりも条件の違い

日本からこの実践を見るとき、まず区別したいのは、造形の魅力と、それを支える環境条件である。出典が挙げるのは、メノルカの乾いた気候と厚い砂岩の組み合わせだ。日本の特定の地域や建物との比較データはないため、その快適さをそのまま移せるとは言えない。

それでも読み取れるのは、使われなくなった場所を、欠けたものとしてだけ見ない視点だ。採掘の痕跡は空間の骨格になり、石の厚みは環境を調整する要素になる。文化施設や展示を考えるうえでも、何を新しく置くかに加え、そこにある物質がすでに何をしているか、という問いが開かれている。

この記事は、2026年10月に、当時(2026年1月1日(木))の出典をもとに書いた振り返りです。数字や状況はその後変わっている可能性があります。

EVIDENCE出典

  1. 論評Artforum2026-01-01

    Carlo Ratti on Ensamble Studio’s Can Terra, Menorcaartforum.com ↗

    “The thick stone walls act as what architects call “thermal mass,” blending the heat of the day with the coolness of the night.”

    厚い石壁は、建築家が「サーマルマス」と呼ぶものとして働き、昼の暑さと夜の涼しさをならしている。

    確認日 2026-10-18

PUBLISHED 2026.01.01 · 著者 Andown · 引用元 Artforum