完成前の音にも、権利の境界線
カニエ・ウェスト訴訟、商業化したデモ音源の請求が存続
カニエ・ウェストの『Donda』をめぐる米国の著作権訴訟で、完成版に関する請求は退けられた一方、デモ版をめぐる請求は審理に残った。CMUの2026年3月3日付報道が伝えるのは、公開され、対価を生んだ制作途中の音源も、完成版とは別に権利処理が問われるという境界である。

完成版の外側に残った争点
完成した曲からサンプルが消えても、その前に公開した音源をめぐる争いは消えない。2026年3月初め、カニエ・ウェストカニエ・ウェスト Kanye WestSpotify で探すApple Musicのアルバム『Donda』に関する米国の訴訟で、そんな境界が浮かんだ。CMUの3月3日付報道によると、裁判官は請求の範囲を大きく絞る一方、「Hurricane」の初期版に関する請求は審理に残した。
原告は「MSD PT2」の権利を管理するArtist Revenue Advocates(ARA)。「Hurricane」と「Moon」に無許諾の利用があると主張していた。ただし、完成版と初期版では、使われたとされる素材も、請求を支える権利も異なる。今回の判断を、曲全体について侵害が認められたと読むことはできない。
残った争点は、制作途中の音がすでに商業的に利用されていたことに関わる。デモという呼び名や未完成という状態より、その音源がどこで共有され、どのような取引の対象になったのか。作品の完成日だけでは捉えにくい権利の問題が見えている。
対価を生んだ試聴と、二つの権利
対象となった初期版は、SNSや、2021年の『Donda』発売前に開かれた大規模なリスニングパーティーリスニングパーティーListening party参加者が集まり、同じ音源を聴く催し。発売前後のアルバムをレコード店などで共有する機会にもなるが、アーティストの出演や生演奏を必ず伴うものではない。用語集で詳しくで共有されたものだ。ミシェル・ウィリアムズ・コート裁判官によると、ARAはウェスト側が初期版に関連してAppleなどから相当額の支払いを受けたと主張している。報道に具体的な金額は示されていない。
ARA側の音楽学者ジョー・ベネットは、初期版には「MSD PT2」の録音を直接取り込むサンプリングサンプリングSampling既存の録音の一部を取り出し、別の楽曲の素材として使う制作手法。元の音楽への関心を生むこともあるが、利用条件や権利の確認とは区別して考える必要がある。用語集で詳しくがあると判断した。裁判官は、この部分には著作権侵害著作権侵害ちょさくけんしんがいCopyright infringement著作権で保護される表現を、許諾や法律上の根拠なく利用して権利を侵すこと。音楽では歌詞や旋律などが問題となり、似ているという印象だけで直ちに成立するわけではない。用語集で詳しくについて重要な事実の争いがあるとして、略式判決略式判決りゃくしきはんけつSummary judgment重要な事実について実質的な争いがないなどとして、正式な事実審理を経ずに裁判所の判断を求める米国民事訴訟の手続き。申し立ての棄却は敗訴確定ではない。用語集で詳しくでは決着できず、陪審による検討が必要だとした。侵害の確定ではなく、審理を続けるという判断である。
一方、ベネット自身、完成版の「Hurricane」と「Moon」には元の録音が使われていないと認めている。それでも元の旋律を再現しているというのがARA側の主張だ。録音そのものに関する原盤原盤げんばんMaster recording音楽の録音そのものや、その元となる録音物を指す言葉。権利を論じる際は、録音に関する権利と、テープなど現物の所有を区別する必要がある。用語集で詳しくの権利と、旋律などの楽曲に関する著作権著作権ちょさくけんCopyright楽曲や歌詞などの創作的な表現を保護する権利。出典は楽曲・歌詞・録音の保護と声のブランドを守る試みを区別し、商標を追加の手段として位置づけている。用語集で詳しく。この違いが、請求の行方を分けた。
ウェスト側の専門家は、十分な旋律の類似性はないと反論した。しかし、その音楽的な対立に結論が出たわけではない。ARAが「MSD PT2」の楽曲の著作権著作権ちょさくけんCopyright楽曲や歌詞などの創作的な表現を保護する権利。出典は楽曲・歌詞・録音の保護と声のブランドを守る試みを区別し、商標を追加の手段として位置づけている。用語集で詳しくを本当に保有しているかに疑義があり、その権利に基づく請求が退けられたためだ。ARAが管理する原盤原盤げんばんMaster recording音楽の録音そのものや、その元となる録音物を指す言葉。権利を論じる際は、録音に関する権利と、テープなど現物の所有を区別する必要がある。用語集で詳しくを使ったとされる初期版の部分だけが残った。
制作の公開が、別の利用になるとき
ここで見える兆しは、完成品の販売だけでなく、制作過程の公開も独立した権利確認の対象になり得ることだ。今回の報道が示すのは、私的に保存されたデモの問題ではない。公開の場に出され、対価を生んだと主張される初期版の問題である。後の完成版で録音を使わなくなったことと、先行する利用の評価は別に扱われている。
今後数年を見るうえでは、発売前の試聴や音源共有を、宣伝だけでなく音楽の利用そのものとしてどう扱うかが論点になり得る。完成版に向けて素材を差し替える制作と、途中の音を観客に届ける公開。その二つが重なる場面では、どの版に何が含まれていたかという履歴の重要性が増す可能性がある。
ただし、この判断から、デモの公開が一律に侵害になるとも、商業的な利用なら必ず責任が生じるとも言えない。報道時点で残されたのは、特定の初期版についての事実争いだ。広がりを測る手がかりは、デモという形式そのものではなく、素材の使い方、公開の経路、そして主張する権利の裏付けにある。
日本から見る、完成と公開のずれ
日本から読む際には、米国で陪審による審理に進むという手続上の判断と、日本での法的評価を分ける必要がある。出典は日本の制度や実務を比較しておらず、国内でも同じ結論になるとは言えない。それでも、完成版だけを聴いていては見えない争点があることは読み取れる。
注目されるのは、未完成か完成済みかという区別と、未公開か公開済みかという区別のずれである。制作途中でも、すでに観客へ届き、収益に結びつく音がある。今回の訴訟では、その過去の版が、完成版とは別の審理対象として残った。作品を届ける過程そのものに、権利をめぐる境界が現れている。
この記事は、2026年10月に、当時(2026年3月2日(月))の出典をもとに書いた振り返りです。数字や状況はその後変わっている可能性があります。
EVIDENCE出典
- 二次CMU(Complete Music Update)2026-03-03
“ARA does control the copyright in the ‘MSD PT2’ recording, but by its own expert’s admission, the recording was only sampled in the earlier versions of ‘Hurricane’.”
ARAは確かに「MSD PT2」の録音の著作権を管理しているが、同社側の専門家自身が認めるとおり、その録音がサンプリングされたのは「Hurricane」の初期版だけだった。
確認日 2026-10-18
Artistsこの記事に登場するアーティスト
- カニエ・ウェストSpotify で探すApple Music


